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【4】目的としての幸福、目標としての不幸

<この記事の読了時間は約6分です>

俺は3人の方を振り返ることもなく公園を出た。

月島:コーヒーなんておごるんじゃなかった

つい愚痴がこぼれる。

念のためにスマホを見てみたが、誰からも連絡はない。

見る前から分かってた。

分かってたはずなのに、もやもやする。

月島:早く帰ろ

自然と歩く速度が速くなる。

俺は歩きながらカバンからイヤホンを取り出し、お気に入りの曲をシャッフル再生した。

だが、さっきのことが頭から離れない。

俺とあの子は何の関係もない。

小学生が夜の公園でパソコンで仕事って、わけわかんねぇだろ。

あんな気持ち悪い小学生、関わらない方が正解だ。

誰だって疲れてたら他人のことより自分のこと考えるだろ。

自分のことを優先して何が悪い。

何が・・・。

そう考えながらも頭の片隅には北村のことが引っかかっていた。

アイツ・・・俺の仕事手伝ってくれたんだよな・・・。

アイツだって・・・。

■黒猫の導き

にゃ~お。

数メートル先にある電柱の横で首輪をつけた黒い猫がこっちを見て鳴いている。

月島:なんだお前、こんな時間に迷子か?

近づいて行っても逃げる気配はない。

俺は猫の前まで行き、しゃがみこんで背中をなでた。

にゃ~。

月島:あったかいな、お前の背中は

にゃ~?

猫は首をかしげ、眠そうにあくびをする。

月島:眠いのかよ

自然と頬が緩む。

月島:お前の家はどこなんだ?この近くか?

にゃ~。

月島:にゃ~じゃ分からん!・・・って猫に言っても仕方ないか

俺は猫を抱きかかえた。

月島:じゃあちょっと散歩に付き合ってくれ

にゃ~。

気のせいか、猫はちょっと嬉しそうだ。

■ラブストーリーは突然に

近くの堤防につくと、俺は階段に腰を下ろした。

冷たい風が肌を通り過ぎていく。

猫をなでながらしばらくボーっとしていると、懐中電灯らしき明かりが近づいてきた。

こんな時間に散歩?

俺も人のことは言えないけども。

女性:あのー

月島:え、はい

まさか声をかけられるとは思わなかった。

心臓が高鳴る。

女性の顔は暗くてよく見えないが、声は静かで透き通っていた。

女性:その猫・・・

月島:え、あ、さっき近くで見つけたんです・・・あ、もしかして!

女性:いや、違うんです、私は飼い主じゃなくて

月島:あ、そうなんですね

女性:その猫、近所の人が飼ってる猫なんですけど、いつも深夜になると家を出ちゃうみたいで

こんな時間に女性が一人で何してるんだ?

月島:えーっと

女性:あ、ごめんなさい、急に話しかけちゃってびっくりしましたよね

月島:べ、べつに大丈夫ですよ

女性:こんな時間に女性が一人で何してるんだ、って思いませんでした?

月島:そんなことは

はい、思いました。

女性:ちょっと眠れなくて・・・冷たい風でも浴びて気分を変えようかな、って

女性:あ、ごめんなさい、そんなのどうでもいいですよね

月島:いや、べつに

なんかかわいいな、この人。

女性:あの・・・いきなり凄く厚かましいお願いしてもいいですか?

月島:ん?え、なんですか?

女性:もしよかったら・・・少しだけ話し相手になってくれませんか?私、人と喋ってると落ち着くんです

なんだこの展開は。

月島:俺でいいなら・・・

女性:ホントですか!?ありがとうございます!

女性:えっと・・・じゃあ隣、座ってもいいですか?

おい、マジかよ。

月島:どうぞ

こんなドラマみたいなことあるのか!?

女性が隣に座る。

横を見ると、声から想像した通りのすらりとした綺麗な女性がそこにいた。

・・・ヤバイ、急に緊張してきた。

にゃ~。

猫よ、そんな不安そうな顔でこっちを見るな、余計緊張するだろ。

女性:その猫ね、ジジって名前なんですよ、かわいいですよね

月島:そ、そうなんですね、あはは

しっかりしろ、俺、そこは笑うところじゃない。

女性:そういえば名前

月島:つ、つき、つき、つきしま!月島です!

女性:え、あ、ありがとうございます、私から言おうと思ったんですけど・・・

月島:えぇ!?

何やってんだ俺。

女性:私は橋本って言います、橋本七海です

七海:年頃の女性が軽々しく自分から名乗っちゃダメだ、ってよく周りに言われるんですけど、私は名前で呼ばれた方が嬉しいから自分から名乗ることにしてるんです

七海:やっぱり変ですか?

月島:へ、へ、変じゃない!

七海:よかった

七海:月島さんは何されてたんですか?

月島:え、いやぁ、あのー、そのー・・・散歩を・・・

七海:散歩・・・ですか?

七海:その服装は・・・

しまったぁ!!

深夜にスーツ姿で猫抱えて散歩とか完全に変人じゃねーか。

月島:こ、これは、そのー・・・俺、スーツ、好きなんですよ、普段からいっつもスーツで生活してて

七海:そうなんですか!?私、男性のスーツ姿って大好きなんです!

七海:カッコイイじゃないですか、スーツって

月島:そう・・・なのかなぁ、いつも着てるからよく分からないけど

七海:スーツで散歩なんて、月島さんはオシャレさんですね!

どんだけいい子なんだ。

そしてこんな子に突然話しかけられるなんて、俺はどんだけラッキーなんだ。

終電逃してよかった・・・。

たったこれだけのことで、すべての意味付けは一瞬にして変わる。

俺たちが日々感じていることは、きっとその程度のことでしかないんだろう。

つづく。

【教訓】

頭で分かっていても落ち込むときは落ち込む。

ムカつくときはムカつくし、嫌なことは嫌。

それは仕方がない。

大事なのは、それでも今感じている意味付けを変えるべく前に進めるかどうかである。

【登場人物】

  • 月島和希】この物語のナレーター兼主人公。出版社の社員。
  • 北村大輝】月島の同僚。
  • 鹿島三郎】公園で月島に声をかけてきたホームレス。通称サブ。元レストランの料理長。
  • 涼香】公園のベンチでパソコンで仕事をしていた謎の少女。チョコレートが好物。
  • 【橋本七海】深夜の堤防で月島に話しかけてきた女性。お喋り好き。
  • 【ジジ】月島が拾った黒猫。今のところ飼い主は不明。

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