<この記事の読了時間は約12分です>
おわんねぇ・・・。
終電まであと30分。
このままではまた会社に泊まることになってしまう。
早く終わらせないと。
そう思うほどに集中力は奪われ、時間ばかりがすぎていく。
楽しくもないワクワクもしない、ただ終わらないだけの仕事。
俺はいったい何のために働いてるんだろうか。
働き始めた頃はこんなんじゃなかった。
あの頃は・・・と回想しようとした矢先、「おわったぁー!」という同僚の声で現実に引き戻される。
北村:月島、終電間に合う?まだ時間あるから、よかったら手伝おうか?
神は俺を見捨てなかったようだ。
たまには現実に引き戻されるのも悪くない。
月島:ホントに!?すげー助かる!じゃあ・・・これと、これ、お願いしてもいいか?
北村:うん、わかった!
月島:ありがとう!今度なんか美味いもんおごるから!
北村:気にしなくていいよ、こういうのはお互い様でしょ?
お互い様?
北村の言葉に若干の違和感を覚えつつも、俺は「同じ会社の同僚なんだからお互いに助け合っていこうぜ」という意味だと解釈した。
月島:あぁ、そうだな、じゃあそっちの仕事よろしくお願いします
北村:おっけー!
北村:ふうー、こっちの分、おわったよー
月島:俺はあともうちょいだから北村は先に行っててくれ、あとで追いつくから
北村:はーい
そう言うと、北村はデスクの上にあった書類を鞄に入れ、部屋から出て行った。
ここから駅まではダッシュで約5分。そろそろ出ないと間に合わない。
急げ・・・急ぐんだ!!
残り1分。
「おわったぁぁぁぁ!!」
俺は一人で叫びつつ、周りの書類をかき集めて鞄に詰め込み、ダッシュで駅へ向かった。
少しでも走りやすいよう、走りながらネクタイと首元のボタンを外す。
上着を脱いで鞄と一緒に右肩にかけ、俺は全速力で走った。
すかさずICカードを改札にタッチしてホームへ向かう。
階段を上がったところで北村が椅子に座って待っていた。
気のせいか、ヤツの顔がニヤニヤしているように見える。
北村がこちらに手を振る。
必死に走ったお陰で思ったより早く着いたのかもしれない。
俺が額の汗をぬぐいながら北村のところへかけよると、北村は立ち上がって親指を立てながら満面の笑みでこう言った。
「余裕でアウトォォ!!」
北村は一人で爆笑している。
は?アウト?俺は状況がつかめなかった。
アウト!?・・・俺は終電に間に合わなかったのか!?
百歩譲って俺が乗り遅れたのはまだ分かる。
けど、だったらなぜ北村は今ホームにいて一人で爆笑してるんだ?
それがまったく理解できなかった。
北村:まだ気付いてないの?
北村はクスクス笑っている。
月島:いや、俺が終電を逃したのは分かるとして、なんでお前はここにいるんだよ
北村:さっき言ったじゃん、「お互い様でしょ?」って
お互い様・・・たしかに北村はそう言ったが・・・
はっ!?
月島:もしかしてお前、俺の仕事を手伝うって言った時点で終電逃してたのか!?
北村:そういうこと
北村はまた笑っている。
月島:いやいや、笑ってる場合じゃないだろ、どうすんだよ、お前
北村:だからそれはお互い様でしょ?他人のことより自分のこと考えた方がいいと思うよ
月島:俺は・・・とりあえず電車で帰れるところまで帰ってそこから歩くけど・・・
北村:じゃあ僕もついてく
月島:はぁ?なんでお前が俺についてくんだよ!
北村:さっきの貸しで、今日は月島のところに泊まらせてもらうから
無茶苦茶だ。
北村のヤツ・・・最初からそのために俺の仕事を手伝うとか言い出したのか。
月島:ちょっと待て、ただでさえ明日の休日が半分潰れたみたいなもんなのに、なんで男二人でむさくるしく寝なきゃいけないんだよ
月島:しかも終電逃したから駅から1時間以上歩かなきゃいけないんだぞ?
北村:僕は気にしないよ
月島:俺が気にすんだよ!頭おかしいぞ、お前
北村:よく言われる
こんな状況でもなぜか北村はニコニコしている。
なんなんだコイツは。
月島:マンガ喫茶にでも泊まればいいだろ
北村:僕、マンガ喫茶嫌いなんだよ、窮屈だし、空気悪いし、変なヤツ多いし
変なヤツはお前だろ。
月島:冷静に考えろよ、うちに来る以外にもっと有益な選択肢はいっぱいあるだろ
北村:ないんだよねー、これが
もしかしてコイツ・・・。
そこへタイミング悪く電車が来てしまった。
月島:あぁ、もう!とりあえず乗るぞ!
北村:はーい
電車はそれほど混んではいなかったが空いた席はなかった。
仕方なく2人でつり革を持つ。
月島:さっきの続きだけど
俺が話を再開しようとした瞬間、北村がいきなり話をさえぎって自分から話し始めた。
北村:月島ってさぁ・・・なんで今の会社で働いてるの?
月島:なんだよ、いきなり、今はその話よりもお前の
北村:いいから答えてよ
北村の声が突然真剣(マジ)になる。
月島:なんでって・・・小さい頃から本が好きだったから最初は本に携わる仕事ができたらいいな、って思って
北村:それで?今働いてるのも同じ理由?
月島:いや・・・今は、ただ働いてるだけ、って感じ
北村:ふーん
自分から質問しておいてそのリアクションはないだろ。
月島:それがどうかしたのかよ
北村:べつに、どうもしないけど
どうもしないなら最初から聞くな。
北村:どんな本が好きだったの?
月島:小説・・・SFとかファンタジーとか推理とか
北村:ミーハーだね
月島:いいだろ、俺の趣味なんだからほっとけよ
北村:誰も悪いとは言ってないじゃない、いいと思うよ、ミーハーも、僕もミーハーだし
月島:お前も小説読むのか?
北村:読まない、ぜんぜん読まない、興味もないし、この世からすべての小説が消えてもなんとも思わない
月島:言い過ぎだろ
北村:僕が勝手にそう思ってるだけなんだから僕の自由でしょ
月島:そりゃそうだけど・・・
北村:ところでこの電車、どこまで乗るの?
しまった!?
完全に北村のペースに飲まれていた。
これじゃまるで俺がうちに泊めるのを承諾したみたいじゃないか。
月島:あと2駅先までだけど、俺は泊めるとは一言も言ってないからな
北村:えぇー、ここまで付き合っておいてそれはないでしょ
月島:お前が勝手に決めたんだろうが
北村:もう来ちゃったんだから、いいかげん諦めなよ
月島:お前が言うな!
北村:じゃあここで僕を見捨てるの?僕が夜盗に遭って、身ぐるみ全部剥がされて、あーんなことや、こーんなことをされてもいいの?
月島:されねーよ、お前はどこの国の人間なんだよ
北村:もういいじゃん、僕が泊まったって何かが減るわけじゃないんだしさ
月島:減らなきゃ何しても許されんのかよ
北村:許される!
月島:それはお前の都合だろが、胸を張って言うな
北村:ほら、もう着いちゃうよ
くそぉ・・・なんでこんなことに・・・。
「白黒沢、白黒沢でございます、この電車はここまでとなります。お忘れ物のないようご注意ください、白黒沢でございます」
改札を抜けるとそこは雪国だった。
そんなくだらない冗談を言いたくなるほど、俺は現実逃避したい気分だった。
現実はやっぱり辛い。
月島:はぁ・・・
北村:どうしたの、溜め息なんかついちゃって
月島:誰のせいだよ
北村:まだ吹っ切れてないの?月島ってアレでしょ、失恋したら1年ぐらい元カノのことが忘れられないタイプでしょ?
月島:今は関係ないだろ
北村:そうかなぁ?まあ答えたくなかったら答えなくてもいいけどね、答えは分かってるし
いちいち癪に障る。
北村:あ、そうだ!今日泊めてくれたら女の子紹介してあげるよ、うん、それがいい
月島:お前なぁ・・・
北村:え、紹介してほしくないの?
月島:そ、そんなもん、いらないよ
北村:意地張っちゃってぇー、そんなんじゃモテないよぉ?
月島:うっさい!
北村は俺の方を見ながらニヤニヤしている。
北村:あ、ちょっとあそこの公園でトイレ行ってくるから、そこのベンチで待っててよ
そう言うと、俺の返事を待つことなく北村はトイレへと走って行った。
このままほっていってやろうかと思ったが、それは良心が痛むのでやめた。
いい人というのはつくづく損だと思う。
一人でベンチに座り、特に目的もなくスマホを開く。
誰からも連絡はない。
いつものことだ。
これまたいつものようにニュースをアプリを開いてニュースを流し読みする。
ふと前を向くと、そこには薄汚い格好をしたホームレスらしき男が立っていた。
月島:へっ!?
突然のことに声にならない声が出る。
男:あ、すまん、すまん、ビックリさせちまったか
男:こんな時間にどうしたんだ、家から追い出されたのか?
月島:え、いや、あの・・・ち、ちがいます、同僚がトイレへ行ったので、それを待ってるだけです
なんだこのオッサンは。
いったいどこから現れた。
男:そうか、兄ちゃん、名前は?
月島:つ・・・月島です
男:月島かぁ、下の名前は?
月島:・・・和希
おい、俺はなんでこんな怪しいオッサンに名前を教えてるんだ。
男:月島和希かぁ、よろしくな、和希
え、俺たちはもう友達ですか?
悪そうなヤツはだいたい友達ですか?
なんだこの展開は。
男:俺は鹿島三郎ってんだ、サブって呼んでくれ、歳なんて気にしないから
月島:あ・・・は・・・はい
ヤバイ・・・完全にオッサンのペースだ。早くこの場を立ち去らないと。
北村:あれ?そのおじさん誰?
トイレから帰ってきた北村が声をかける。
でかした北村!
月島:あ、ごめんなさい、ツレが戻ってきたんで俺たち帰ります
北村:知り合いじゃないの?
月島:ほら、いいから早く行くぞ!
サブ:ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ、和希!
北村:なんか名前呼んでるよ?和希って月島のことじゃないの?
月島:いいから!あんなのには関わんない方がいいんだよ!
俺は速足で公園の外へと向かう。
サブ:ま、待ってくれ!!
どうせ「金を貸してくれ」とか「食いもんをくれ」とか、ろくでもないお願いに決まってる。
俺は気にせず歩く。
北村:ちょっと
北村が俺の肩をつかんで止めた。
月島:なんだよ
北村:話ぐらい聞いてあげたらいいじゃない
月島:だったらお前が残って聞いてやれよ、俺は余計なことに巻き込まれたくないんだよ
北村:月島ってホント、自分のことしか考えてないよね
月島:それはお前の方だろが!勝手に俺の家に泊まるなんて決めて、どっちが自分勝手だよ!
サブ:喧嘩はやめてくれ
気まずい沈黙が流れる。
サブ:見ての通り、俺はホームレスだ
サブ:こんな格好じゃ警戒されるのは仕方ないと思ってるし、誰だって俺みたいなのには近寄りたがらねぇ
サブ:和希も俺のことを怪しいオッサンだと思ったんだろ?
月島:いや、そこまでは、べつに・・・
ホントは思ったけど、そんなこと言えるワケがない。
北村:僕は思いました、月島が怪しいオッサンに絡まれてるなぁ、って
月島:おい、お前!
サブ:いや、いいんだ、普通はそうだよな
北村:でも、こんな時間に公園に来て一人でスマホを触ってる若者を心配して声をかけてくれた優しい人なのかもしれない、とも思いました
北村はそんなことを・・・。
サブ:そんなこと言ってくれたのは兄ちゃんがはじめてだよ・・・
オッサンの目は少し潤んでいるように見えた。
北村:おじさんは何者なんですか?
サブ:俺の話・・・聞いてくれるのか?
北村:うん、これもなんかの縁かもしれないし
北村:いいよね?
北村がこっちを向く。
「いいよね?じゃねーよ、こっちはクタクタで早く帰って寝たいんだよ」
本当はそう言いたかった。
けど、二人の目線に俺は黙ってうなずくしかできなかった。
つづく。
運命を切り開くのは簡単だ。
いつもならまず選ばないことを選ぶだけでいい。
自分で出来ないのなら誰かの選択に身を委ねる。
運命を切り開くとは、楽をしたがる自分をねじ伏せることである。
まだデータがありません。